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アップルはなぜ強いのか。

2012 年 8 月 16 日 コメントをどうぞ コメント

iPhoneってボタンが少ない。よく使うのは1つか2つ。
それに引き換え日本のテレビのリモコンの複雑さときたら!
そして間違いなく売れているのは技術に優れた日本製品ではなく、アップルのiPhoneの方である。
朝陽不犯ども残星光を奪る」と言うが、ジョブス一人で世界最強の技術と製造を誇る日本企業が蹴散らされてしまったように思えてくる。
ここではアップルの何が他(日本企業)と違うのか、様々な意見を見てみよう。

マーケット・インとは「マーケット=市場」に合わせた、商売のやりかた。マーケット分析をして「消費者のニーズ」に合わせたもの作りをする、ということだ。
プロダクト・アウトとは「プロダクト=商品」を市場に問う、商売のやりかた。独自の企画や技術などを、マーケットに対して「どうだ!」と勝負する、ということだ。
アップルのジョブスは完全な「プロダクト・アウト」の人間だ。市場に合わせようなんて気はほとんどない。「自分たちが市場を作っていくのだ」という精神である。

なぜAppleはSonyになれたのか?
どれほどAppleが–昔日の–Sonyになりたかったのか、どれほどJobsがAppleをSonyにしたかったのかの証拠はいくらでもある。盛田昭夫の死を悼むJobsの姿は、そのほんの一例に過ぎない。
なぜ今のAppleはかつてのSonyになり、そして今のSonyはかつてのAppleになってしまったのか。
私の答えは、こうだ。個人が利用する製品を個人に売り、買った本人から代価を得ているから。
まずは誰を顧客にするか決めること。それが決まらないことには、どんな人員配置が適切かなんてわかるわけがない。

アップルの強さは、単にデザインやジョブズの現実歪曲空間だけにあるのではない。柔軟な雇用関係のもとに、「いかに製造コストを下げるか」「どこまで在庫を減らせるか」「どうやって優秀なソフトウェア・エンジニアを雇うか」に常に目を光らせ、「魅力的な製品を安く」作る事に最適化している点にある。
日本の家電メーカーは、未だに終身雇用制の呪縛に縛られているため、工場の閉鎖も簡単にはできないし、技術者の入れ替えもままならない。それどころか、コスト削減のために新卒の採用を減らしているため、平均年齢が40才を超えている。今までソフトウェアを軽視してゼネコン・スタイルで開発をして来たために、社内にはソフトウェアが自分で書けるエンジニアはほとんどおらず、自分でソフトウェアも書けないくせに、給料だけは高い「自称エンジニア」が仕様書だけ書いて下請けに丸投げしているのが現状だ。

優れたリーダーが生まれづらくなったもっとも大きな原因は、高度成長の時代に、ボトムアップ型の経営、ミドルアップダウンの経営が浸透し、それが日本のかつての勝因となりました。しかし成功は失敗の母で、ボトムアップの経営、ミドルアップダウンの経営は「神輿に乗ることの上手いだけの経営者」を多く生み出してしまいました。
その結果、時代を読み決断する能力、アップルのジョブズのように「1000のアイデアにノー」をつきつけ、選択と集中を行う経営が影を潜め、現場の言うがまま、また市場の成り行きまかせの経営がまかりとおるようになってしまったのです。

ジョブズはアップルに復帰した後の1997年、35あった製品系列を4つに削減してソフトウェア開発に特化し、それ以外の事業と工場をすべて売却した。日本の労働市場は過剰規制だが、資本市場は自由なので、ソニーのようなグローバル企業にとっては事業売却によって世界最適生産を行なうことは(時間をかければ)むずかしくない。問題は、それをやらなかったソニーの経営陣(特に出井伸之氏)にある。
事実上の解雇も不可能ではない。大企業の人員整理はほとんどが希望退職なので、解雇には当たらない。指名解雇さえ不可能ではない。チェイス・マンハッタン銀行日本法人の人事部長だった梅森浩一氏も語るように、外資は「自主退社」という形で解雇している。経営者に確固とした戦略があれば、事業や人員の整理はできるのだ。

製品を薄く、軽く、そしてこれまでにあるのを付け加えるのは楽。言ったら悪いけど、無難。バカにでもできる製品開発。
「付加価値をあげるとは、付加機能を増やすことである」という昭和的価値観。
アップルで働くまで、イノベーションというのは「今にない、新しいものを作ること」だと思ってた。でもそれは違って、イノベーションというのは「未来にある普通のものを作ること」なのです。

最近の日本の端末メーカーは、製品を最終的に買ってくれる顧客の側ではなく、キャリアの顔色ばかりを見てものづくりをしているように思える。その結果、市場でどんなものが求められているかに鈍感になったところがある。これに対してアップルは、キャリアよりも顧客のほうを向いて、人々が欲しくなるような端末づくりを目指している。

「そいつは、SONYだった!」

発売予定の1ヶ月余り前、プラスチックを想定していたスクリーンがガラスに急遽変更された。始まりは、当時のジョブズがポケットに持ち歩いていた原型モデルを怒りをこめて示し「こんな鍵でキズがつくような商品は売りたくない」と告げた、ツルの一声だった。
解決策を求めてチームが中国に飛ぶと、受注を見越して増設された工場がすでにあった。カットされたガラスは製造開始ぎりぎりの真夜中近く、ようやく組立工場に運び込まれた。
従業員寮の8000人が起こされ、30分で12時間シフトの作業を開始。製造ラインは96時間以内に日産10000台以上をはき出した。
「スピードと柔軟さに息をのんだ。米国でそれをできる工場はない」

アップルは、中国をはじめとする新興国の安い賃金を用いて製品を作り、それを所得の高い先進国で売っている。だからこそ利益が驚異的な水準に達するのだ。
アップルの成功は、新興国が工業化した後の先進国においても、製造業が高い利益率を上げうることを示した。そのために、従来とは異なる生産方式を採用しなければならなかった。つまり、先進国の製造業は、従来とは異なるビジネスモデルを採用しなければならないのだ。
しかも、アップルの製品は、コモディティ(価格以外に差別化特性がないため、激しい価格競争が生じてしまう製品)ではない。
そこで用いられている技術が新しいかどうか、元の技術を開発したのがアップルかどうかは、問題ではない。重要なのは製品のコンセプトである。アイパッドもアイフォーンも、新しいコンセプトの製品なのだ。それは、人々の生き方を変えるだけではない。大げさに言えば、ものの考え方も変えてしまう。
だからこそ、新製品の発売時に、数日前から行列ができるのである。そんな製品がほかにあるだろうか。

分解してみてわかったことは、アップルは、あのデザインを成り立たせるために、とても高度なテクノロジーを使っているということです。実際に見ても、信じられないような手のこんだ加工技術を採用したりして、これほどの手間をこんな部分に掛けるかなと思うようなモノ作りを実践していました。それによって、デザインが成立している僕は理解しました。ところがそれを見た日本の技術者達は、なぜかアップルが無駄なことをしているという一言で済ませてしまう。
日本の技術者のモノ作りの常識では、そんなことを許してもらえるはずがないので、これは工程に不具合があってやむを得ずそうしたものだと説明したりします。アップルがあえてコストをかけて、ここまでやっているという事実そのものを、否定しようとします。そういう日本の技術者達の意見を見たときに、変えなきゃならないのは技術ではなく、彼らの頭の中身なんだと思いました。

アマゾンやグーグルは、自分たちをたんなる「モノづくり」の企業とは捉えていない。そもそも両社とも工場をもっているわけでなく、グーグルに至っては設計まで外部の台湾メーカーに任せている。だから「モノづくり」へのこだわりなど、まったくもっていない。
そうではなく、彼らはタブレットやスマートフォン、電子書籍リーダーなどのハードウェア製品を、自社の「ネットワーク」の一部を構成する「歯車」だと考えているのだ。
振り返ってみれば、家電のデジタル化が劇的に進んだこの十数年、日本の家電メーカーは最後までこのことを理解できていなかったように思える。

「アップルには『秘密保守』と『自分の仕事には責任を持て』くらいしかルールらしいルール」がないほか、「やることとやらないこと」を明確化し、さらに「やること」に優先順位を付け、「1つのことにフォーカスする」文化が根付いていた。
製品開発でも上流工程を最重視する。「最初に明快な製品のコンセプトを定義し」、製造部門や開発部門が「これはできない、あれはできない」と言ったり、営業部門が「あの機能も、この機能も足してくれ」と言っても、「最初のコンセプトを破壊しないよう細心の注意」を払っていた。

松下の、門限10時、早朝ランニング、「社歌」斉唱という「まるで軍隊?刑務所?」のような研修、3時間の残業申請を組合に2時間かけて行う「儀式」、接待で他社のVIPそっちのけで松下側の役職の席順を調整する七転八倒…。
一方のアップルの、1年以内に交替する社長や製品発表後すぐに転職するエンジニア、Eメールで中傷合戦を繰り広げる強烈な個性の社員、技術情報の標準化・ドキュメント化という創造性のない仕事をだれもしない社風、出社しなくてもだれもとがめない「無政府状態」…。大企業や外資系企業に勤めたことがある人には、思い当たる点も多いだろう。
著者はこれらにただ呆れ、驚くだけではなく、お客より社内調整にエネルギーを使う松下の「大企業病」や、日本のマーケットを無視するアップルの米国中心の発想を読み解くなど、鋭い考察を展開している。

部品のコストは端末を何台作ろうと、1台1台にかかってしまうが、ソフトウェアの開発費は1回だけで済む。

まとめ

・アップルは顧客志向であるが、日本企業は顧客を無視している
・アップルは製品作りにポリシーを持っているが、日本企業は機能を増やすことしかできない
・アップルは製造に柔軟に対応できるが、日本企業は柔軟な対応ができない
・アップルは時代への対応に忙しいが、日本企業は社内調整に忙しい

日本が世界に誇る技術を持つ大企業が、ゲリラ的な中小企業に負けるようになっているのも同じような理由なのかも知れません。
日本人としては、日本企業の製品が世界で相手にされないのは寂しい限りです。ぜひともがんばって欲しいですね。

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